イタリア<世界遺産>アッシジの聖フランチェスコ聖堂へ巡礼の旅 

特集

イタリア中部のウンブリア州にあるアッシジを特集していきます。

アッシジの街は世界遺産の「聖フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」La Basilica di San Francessco e altri siti francescani がありまして、ユネスコに登録されて2020年12月に20周年を迎えました。

アッシジの魅力は世界遺産の街としてだけじゃなくて、毎年5月のお祭りカレンディマッジョも個性があって面白いんですよ! アッシジの歴史と併せて2記事に連載しましたのでよかったらお付き合いください♡

世界遺産「聖フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」

フランチェスコ聖堂

熱心なキリスト教徒の聖地としてローマと共に訪れたい巡礼の場所になっていて、年中アッシジは聖フランチェスコを参拝する訪問客で賑わっています。

聖フランチェスコの生涯 ダイジェスト

詳しい説明は検索するとたくさんあるので、こちらではダイジェストで聖フランチェスコが人から聖人になるまでをご紹介します!

フランチェスコ(本名ジョバンニ)という普通の男の子が生まれ
→  普通にイケてる青年だった
→  都市国家の争いで1年捕虜になって人間が変わり
→ 神の道へ人生を捧げると決め出家
→ 裸のキリストに裸でしたがい、清貧や懺悔を重んじた修道士として名が知れ渡るように。
ローマ教皇にも知られるまでの存在へ。

→  本人は端切れのようなボロボロな服で清貧に徹する
→  フランチェスコに感銘を受けて各地から弟子が集まりフランシスコ会を設立(ラテン語:Ordo Fratrum Minorum)

→    44歳で生涯を終えた後、イタリアの守護聖人となった。

聖フランチェスコの像

かなり雑にまとめましたが、現在でもフランシスコ会の活動は全世界にわたっているそうです。

聖フランチェスコが普通の人間から守護聖人となり、清貧の精神で生きる尊さを今でも崇められていることの偉大さはすごいですね!

余談ですが、アメリカのサンフランシスコの地名もフランシスコ会の修道士が名付けたんですって。アッシジとサンフランシスコは姉妹都市でもあります。

聖フランチェスコ聖堂

聖フランチェスコの死後、世界遺産に登録されたフランチェスコ聖堂やその他の修道院も建設されていきました。

聖堂は平地に建てられず斜面に建設されたため、適するように上堂と下堂の2階層になっているのも独特です。聖堂のフレスコ画が壮大なスケールで描かれており、チマブーエやジョットの傑作が並びます。

13世紀末に大活躍した画家チマブーエは西洋美術史上でもゴシックとルネッサンスの橋渡しをした重要な画家。ジョットはチマブーエを師としたとも言われてますが、ジョットもまた後のルネッサンスで活躍した画家達へ大きく影響した偉大な芸術家として知られています。

ジョットが本当にフランチェスコ聖堂の絵を書いたのか。証拠があるのないので論争中ではあるようですが、いづれにしても1200年代後半の素晴らしいフレスコ画は本当に美しいです。

当時を騒がす芸術家スターが勢揃いでフレスコ画を描いているんですからこれは見ものです!

フランチェスコ聖堂の上堂

たまたまご縁で、夜のコンサートを観に行ったのですが聖堂の中の壁画がまあ大変貴重なものばかりで
イタリア人の主人の方が興奮していました。笑

よく考えたら800年も前に建てられてますものね、、、。歴史にも建物にも圧倒されるスケールです!

アッシジは1997年に地震に見舞われましたが、きれいに修復されているのもすごい〜!

「フランチェスコの道」巡礼コースは500km!

「フランシスコの道」という聖フランシスコが生存していた時に行き来していたローマ⇄アッシジ⇄ ラ・ヴェルナ(トスカーナ) の約500kmにわたる巡礼コースがあります。

フランチェスコの道

引用元:La Via di Francesco  https://www.viadifrancesco.it/en/ 

地図のルートは南下するとローマへと通じていきます。

四国のお遍路めぐりのように、歩いて巡礼する方、自転車でツーリングを楽しみながら巡礼ロードを渡っている方もいらっしゃいます! なかなか険しい山道の本格的なトレッキングコースもあるそうですよ!

確かにウンブリア州の土地もたくさんの美しい自然に囲まれていますから、苦しい修行というよりは素敵な巡礼体験なんでしょうね!

Assisi アッシジの歴史についてプチガイド

アッシジ の街

アッシジは、イタリア共和国ウンブリア州ペルージャ県のコムーネ(地方自治体)。
人口は約28000人と小規模な街です。

紀元前1000年には集落がすでに存在していたとされ、古代ローマ帝国時代にはローマ人が街を築いてます。

中世に入れば、イタリア半島はまとまらず、神聖ローマ帝国派とローマ教皇派との対立で小国同士の戦いが繰り広げられます。 時には貴族と一般市民同士の戦いも。
戦いの絶えないなかで11世紀ごろから、農業技術や商業も発展していき経済活動も栄えていくようになります。

聖フランチェスコとなるフランチェスコがアッシジで清貧を全うして亡くなったあと、イタリアの守護聖人として祀られてからは聖フランチェスコの出身地としてアッシジの名前が知れ渡りました。

アッシジがもっとも栄えたのは1300年代と言われ、都市国家として経済的に飛躍したと言われています。

その後も、領地の占領で 専制君主の支配下の時期もあれば、教皇派の領土へ戻ったりを繰り返しました。

1861イタリア王国として統一されてからは、巡礼地として再びアッシジを訪れる参拝者でアッシジは賑わいます。

第二次世界大戦中は、ユダヤ人を教会の地下にかくまって保護していたことが終戦後讃えられ、映画化もされました。

こうしてアッシジは、熱心なキリスト教者の方の聖地としてローマと共に訪れたい巡礼の場所になっているんですね!

フランチェスコ聖堂からの夜景

フランチェスコ聖堂からの夜景も美しいです。

では、次回はアッシジで有名なお祭りカレンディマッジョ についてご紹介していきたいと思います!
世界遺産の街アッシジ 5月のお祭りでイタリア中世へタイムスリップ!
最後までお読みいただきありがとうございました♡

Midorissima

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はじめまして! Midorissimaミドリッシマ と申します。 スプレムータ イタリーへお越しいただきありがとうございます。 長崎生まれ。海外移住歴23年。 これまで大好きな街イタリア・ミラノを拠点に世界的なイベントにおいて、企業、アーティストおよびクリエイターの様々なプロジェクトに携わっています。 夫はトスカーナ 出身のイタリア人です。 イタリアに出張や観光にいらっしゃる方へ、便利で役に立てる情報をご紹介できるようなブログを目指しています♡

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